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『ブレードランナー』観た。

ブレードランナー クロニクル [DVD]ブレードランナー クロニクル [DVD]
(2010/04/21)
ハリソン・フォード、ルトガー・ハウアー 他

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原作となった小説、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は読みましたし、
この映画をリスペクトしまくったゲーム『スナッチャー』もプレイしました。
しかし、そういえば未だ一度もこの映画自体を観た事が無かったと思い、この機にレンタルしました。
※以下にネタバレを含みます。


正直な所、主人公のブレードランナー、
デッカードの印象はそんなに無かったりします。
「凄腕」という設定みたいですが、
流石に身体能力ではレプリカント相手は敵いませんし、
ではその分判断力や駆け引きに富んでるかといえば、
レプリカントに2度も不意打ち喰らっているあたり、そういう印象も抱けません。
人間的な描写もそれほどなく、レイチェルを半ば強引に口説いていたくらいの印象しかありません。
良くも悪くも、普通の刑事さんという感じで、イマイチ弱い。

しかしその分、標的であるレプリカントのリーダー、
ロイ・バッティがすごく良かったです!
「宇宙船の乗組員を殺し地球にやってきた」という彼らですが、
その目的は、自らを作った博士に寿命(稼働年数)を延ばすためという至極真っ当なものでした。
また、その博士と親交あるセバスチャンに近づいた時も、
最終的には脅迫に近い形で博士に連絡させたものの、
セバスチャンの老化症と自分たちの寿命の短さをダブらせ、「似た者同士」と同情するような言葉を言います。
実際、セバスチャンも彼らが人間で無いと気付いていながら友好的な態度を崩すことはなかったので、
彼らが良き友となる可能性があったのではないかと考えてしまいました。

しかしそんな彼がやっと出会えた博士からの回答は、
「寿命を延ばすことは不可能」という無慈悲なものでした。
そしてその回答にショックを受けたロイは、この直後、博士を殺してしまいます。
いやもう、観てて「これは殺すなー」とは思っていたのですが、
個人的に衝撃的だったのが、
この時のロイが、泣きそうな本当に苦しそうな顔で博士を殺している事ですよ。
汗をダラダラ垂らして、震えながら博士の顔を締め付けていて、
これは怒りに任せてというよりは、心の底から絶望しきっての行動に見えるのです。
しかもこの行動の後、仲間(恋人?)のアンドロイドの元へ帰ったロイは、
そこでデッカードに破壊された彼女の遺体と対面します。これはキツい…。

そういう訳で、
この映画の最後はデッカードVSロイの最終対決となるのですが…。
最初は銃で応戦していたデッカードも、
ロイに指を折られてからは戦意が折れたのか。
銃を捨ててまで、生き延びるためにひたすら逃げ回ります。
それを余裕たっぷりに追うロイ。
その気になればすぐにデッカードを殺すことはできるのでしょうが、
「早く逃げろよ。殺したら楽しめないだろ?」といたぶる気満々です。
…しかしこれ、『無力な人間をいたぶり追い詰めるレプリカント』という構図にも関わらず、
何故か追い詰めるロイの方に感情移入してしまうんですよね。
多分ですが、己の寿命が持たない上に恋人も死んでしまった彼にとって、
この「仲間を殺した男への復讐」という行為が最早唯一の生きがいなんじゃないでしょうか。
そのために、長く楽しむためにいたぶり追い詰める彼の行動が理解できてしまうし、
反対に、銃を手放してただ逃げるだけのデッカードの行動はどうかと思ってしまいました。
そして最後に、追い詰めたデッカードを助けてしまうロイ。
これは本当に、どんな意図があって助けたのでしょうね?
最初から恐怖を味あわせたかっただけで殺すつもりが無かったのか、
自分の寿命が尽きかけている事に気づいて、殺す事の無意味さを悟ったのか、
死の恐怖から必死に逃れようとするデッカードにシンパシーを感じてしまったのか。
とにかく色々解釈できる名シーンだと思います。

とにかくこのロイの行動もあって、
この映画でレプリカントが悪だとは全く思えなかったのです。
作中の彼らには仲間の死を悲しむ場面もあるし、
ロイとブリスの間には、おそらく愛情もあったでしょう。
また、己が人間より優れた身体能力を持っているのに、人間を見下すような言動もほとんどありません。
見ようによっては、
己が生きるために懸命に努力するレプリカントに対し、
権力の言いなりになり、何の因果も無いレプリカントを破壊していたデッカードの方が機械的である、とも言えるかもしれません。
作中レプリカントがレプリカントを殺す展開(レイチェルがデッカードを救うため銃を撃った所)が描かれていることもあり、
もうこうなると、「人間とレプリカントの違いはなんなのか?」という話になってきますね。
多分、この世界でロボットの人権を認める運動が始まったら、止める事は私にはできません。



さてもう一つ、ラストシーンの話。
二人で逃げようと、こっそりアパートを出るデッカードとレイチェル。
しかしアパートの廊下でユニコーンの折り紙が落ちている事に気づきます。
これは明らかに刑事のガフが作ったもの。
つまり『ガフはレプリカントのレイチェルの居場所を突き止めていたが、手は出さなかった』事を示唆する物で、
オリジナル版では、「ガフがレイチェルはどうせすぐ死ぬものと思い、見逃してくれたのだろう」というようなモノローグが入りますが、
最初に観たのが、モノローグ無しのディレクターズカット版だったので、私はもうちょっと違う解釈をしました。
オリジナル版のモノローグでは、
ガフの折り紙をデッカードは、ガフの「黙認」だと解釈しましたが、
私はこれをガフの「脅し」だと思ったのです。
根拠としては薄いですが、
ロイの死後、やってきたガフがわざわざ落とした銃を返してくれる場面。
ロイから逃げるうちに銃を落としたデッカードが、無力な一般人に見えたように、
銃を返したガフが「ブレイドランナーとして仕事をさせようとしている」ように見えたのです。
で、レイチェルを殺さずに二人で逃げようとしたデッカードに対して、
「私たちは監視しているぞ」という意味を込めて折り紙を置いたのかなあと思ったのです。
大いに空振っているだろう解釈ですが、こういう考えもこの映画の締めでは面白いんじゃないかと思いました。


追記:この映画には「デッカードもレプリカント説」というのがあり、
監督もそのつもりだったみたいですが、
(諸説アリ。ファンの考察を気に入り劇場公開後に公式化したという説も。)
個人的にはこれには反対だったりします。
前述しましたが、この映画で印象に残ったのが、
「何故か主人公である人間のデッカードより敵役のレプリカントに感情移入してしまう」所なので、
デッカードがレプリカントだとすると、この前提が崩れてしまいます。
またレイチェル(レプリカント)がデッカード(人間)を救うためにレプリカントを殺す場面なんかも、
同族を殺してブレードランナーを助けてしまうのですから、
レプリカントという存在がいかに複雑なのかが分かるシーンだと思ったのですが、
これもデッカードがレプリカントだとすると、結局レプリカント同士の潰し合いになってしまうんですよね。
なんというか、ロイたちレプリカントが如何に人間らしいかは、
デッカードという人間と比較して分かる部分があると思ったので、
デッカード=レプリカント説を取ると、その辺がネックなのです。
「人と比べてもなお人間的」だと思っていたのが、
「レプリカントも色々な個体がいるんだなあ」になってしまうというか。

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2012-08-16 00:46 : その他レビュー : コメント : 2 : トラックバック : 0 :
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デッカードが人間であって欲しい理由がとても説得力があって面白いと思いました。リドリースコットに教えてあげたら気に入って考えを変えるかもしれませんよw
2015-03-08 02:43 : 名無しの方 URL : 編集
Re: タイトルなし
気に入ってくれてありがとうございます。
多分監督の意図とは違う解釈だろうなあとは自分でも思いますけどね。
あと、「レプリカントにしては、デッカードちょっと弱くない?」ともちょっと思います。
2015-03-08 23:53 : ノノック URL : 編集
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Author:ノノック
文章の苦手な文系。
ゆとり直前世代のゆるゲーマー。
ほのぼの漫画が好き。
2016年2月ブログ名変更。

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